熊本出張2日目~シンポジウム当日~


昼から熊本学園大学にてシンポジウムで講演を。

13:30から始まり、最初は熊本市長の大西一史市長のご挨拶から。
傍で聞いてて、若い市長はいいなあと思いましたね、パワー感じるよね。

その後わたくしが講演をさせていただき。今回のテーマは“暮らし続けたくなるまちにする為に自分ができること”

時間が20分程押してしまいましたが汗
まだまだ未熟で、すいませんでした。大西市長も次の予定があったはずなのに最後まで聞いてくださっていて。ほんと秘書の方にもすいませんでした。ってか、うちの市長にもこんなに一方的に話きいてもらったことないのに笑

結局、

「暮らし続けたいかどうか?」という問いは、そもそも人の願望を含んだ問いで、今の時点では暮らし続けたいと思っていてもこれから先ずっと暮らし続けたいと思っているかどうかは神様か預言者しかわからない。

それを踏まえた上で、今後も住み続けたいと思えるようにする為に、自分ができることは何か?ということになる。
これは結婚の際の名ゼリフと同じ次元。“健やかなる時も病める時も云々”ってやつ。一度決めた誓いをずっと守れる人達で世の中溢れていたら、この世でこんなに離婚するやつらはいませんってな感じですな。それが契約書にサインしてまでやったことでさえ変わってしまうんやから、およそ個人の中での決め事といって差し支えない、住み続けるかどうかなんてことはもっとどうなるかわからない。

病める時なんて人生何度も訪れる。健やかなる時もそう。

でも、とても健やかなる時も後々になってそれが辞める時の要因になったりもする。逆もしかり。

この、丹波市での4年間を振り返ってみて、その時その時に感じていた印象(成功だったか失敗だったか、よかったかよくなかったか等)なんてもんはこれまで何度もひっくり返ってきた。

失敗やったなあって打ちひしがれていたことが、後々になって重大な一手になったりしたこともあった。

これ何の意味もなかったなあって思っていたことが、後々になって大きく動く為のきっかけになっていたり。
その時は、こんな話になるとは到底考えもしてなかったなんてことがざらにある。

こないだ何気なくテレビを見ていた時に、この、四年間を振り返った今の現状や感覚を一言で言い表したいなあと思っていた矢先、絶妙な言葉が飛びこんできた。

“人感万事塞翁が馬”

町づくりを考える上で、そもそも町というものは一人では成立しない。自分と、自分の家族と、よその家族が集合した集まり。
自分のことだけじゃ、成立しないのが町。自分のことだけ考えて、自分のやりたいことだけやって、自分の気持ちいい事しかせずに町が成り立ったらそりゃ理想。でも現状、

こういう町にしようという方向性が予め固まっていて、それを納得の上で皆が住んで暮しているという状況ではない町が大半。こういう町にしたいという意見がごちゃごちゃになって住んでいる。この状況から一つの方向にまとめていくのは至難の業。一つの方向に向けて尖れば尖るほど色んなところでぶつかるようになる。なので今、どういう状況かと言われれば、何かしたら必ず何かとぶつかる状況で、うまいこといかない場面もでてきて当然という環境下で動くことを迫られている。

会社に例えてみたら、何の面接もなく自由に入社できて、入社後にこれからの方向性はこれでいくからって突きつけられるようなもんで、最初の入りをミスっている時点でどこかで調整をかける必要がある。それが、今という時代。

何かをやれば、何かとぶつかる。
何かとぶつかるのが嫌になったからやらなくなった、では、自分の理想はどんどん遠のく。誰から何を言われようと、自分はこういう町にしたいという理想があり、それが町の人達にとって有意義になるはずだと思っている物事があれば、それはやってみないことにはどういう結果になるかはわからない。それは、他の人にはもっとわからない。自分でやってないから。世の中で誰もやったことのない事なのであれば余計に。

善し悪しは、やってみないとわからない。そして、善し悪しは人によって見方が異なる。最終的に、善かったことは後に悪くなるかもしれないし、悪かったことが善かったことに変わるかもしれない。

そうなってくると、今、すべきことは、今この瞬間に、自分がこうだと思ったことをとりあえずやってみること。
それは、やってみることで、やったという“1つの事実”を創ること。思っているだけでは、事実は創れない。思っているだけは、“ない”に等しい。やってないのと一緒。

周囲からどんだけふざけすぎと言われようが、やりすぎと言われようが、何をしても必ず賛否飛んでくる。
賛否はもれなく周囲がしてくれるから、自分は“やる”“やってみる”事に集中すればいい。

失敗したら次やりなおしたらいい。
これまでのやり方に変化を創ろうとしてやってみたらうまくいかなかったなんてことになったら元に戻せばいい。
世の中、謝って済む問題も沢山ある。謝って済むだけならいくらでも謝ったらいい。

あーだこーだ、考えている時間が何よりもったいない。
今100点とれなくても、いつか100点とれたらいい。

自分自身が、まちに対して何かしないと、関わらないと、愛着がわかない。わきようがない。
仕事とプライベートで忙しいから町がどうとかには興味もないしやる気にもならないって人はほっといたらいい。まずは今の時点で関わる人だけでいい。仲間は目の前に1人いたら十分。やればやるだけ増えてくる。増えてきたら、やってることが何一つ間違っていないという証拠。

ぷよぷよみたいなもんで、今は色んな人が点在している町の中を、少しずつ結びつけていくことが必要な時期。
色んなコミュニティが、それぞれの考えで、町をこうしていきたいという方向性に少しずつまとまりが出来始めていく。あまりにも点で存在しすぎている。まずはここから。

そんなこんな、お話してたら時間が過ぎたという笑

熊本市は絶対に大丈夫。なんせ人口多いし。いざってなればなんでもできる。リソース十分、使える箱も沢山ある。なんでもできる。その気になれば城だって自分たちで再建できる。昔の人はユンボすらなかったんやから。絶対できる。

色んな行事が重なっていたらしいこの日に、100人近くの人が集まってるんやから。
みんなの家なんて最初は2人暮らし。たった二人やった。それがのっけのスタートの段階から100人もいたら、ねえ。物置の上にだってあがれてまうで。

そのうち逆に、助けてもらうことになるんちゃうかと、熊本市に期待して。

いい機会をありがとうございました!