家としての、一統としての脆弱性


昨日から今日ににかけて、こちらの村用の合間を縫って嫁氏が実家に子どもを置いてこちらに来るということで2日の昼から合流。

 

とりあえず飯でも食いにいくかということで氷上のウッディでたらふく肉を食い、ゆめタウンのコメダで茶をしばき、家でダラダラ。

コメダも忙しいからか、心なしかホイップやらアイスやらが雑。

 

 

年末年始の飲食店は大変ですなあ。

 

せっかくの機会やから嫁氏には一人でゆっくり風呂でも入らせてやるかということで福知山温泉へ行き、その後福知山駅近くで中学時代の同級生がやっている居酒屋“福よし”に行き。

◆福よし
http://fukuyoshi-2944.com/

 

 

自分の代わりに酒を飲んでもらい帰宅、またダラダラ。

 

最近、iphoneの写真フォルダー内で“for you”という機能がついていることに気づき。勝手に写真をチョイスして勝手に思い出の動画とかを作ってくれるやつ。

◆これ
https://www.apple.com/jp/ios/photos/

 

今の携帯はちょうど嫁氏が入院した時で、息子氏は生まれた瞬間からのが残っていて、二人で作成された動画を見ながらあんなんあったなあとか振り返って。

 

なんだかんだ、子どもとずっと一緒にいると疲れてしまうもので。

 

でも、物理的に離れてしまうと寂しくなってくるもので。今何してんのかなあとか、じいじとばあば倒れてへんかなとか、やはりどうにも頭からは離れない。

 

でも、この場に居ないからとても平和な静寂があって、とても心安まる感覚があるのも事実。

 

 

我々は二人だけで暮らしたことがない。

なので、結婚生活において二人だけの時間となればここまで思い返しても3年半のうち、6時間くらいしかない。

 

その6時間も前回実家に預けてきた時に作れた時間。前も特に何もせずにダラダラした。正確にいえば、ダラダラしか出来なかった。疲れてて。

 

3日も朝ご飯食べてダラダラして、昼ご飯食べてダラダラして、谷川駅まで送って解散。

 

とてもダラダラした。完全にスイッチがぶっちぎれた24時間だった。この究極にダラダラした時間は、これまでの暮らしで味わったことがないくらい、双方にとって一番の“息抜き”だったと感じた。

 

やはり子どもを預けるとなると、一番預けやすいのは実家であるし、二番以降との差がありすぎるし。日頃はなかなか預けられないし、預けにいくのも一苦労。息子氏もようやく、預けられるくらいに育ったところだし。

 

丹波にいくことを嫁氏は娘氏に告げた際、娘氏から激詰めされたそうで。

『え?なんで?何しにいくん?娘ちゃんは?三人で行くの?え?一人で行くの?何でなん?今日帰ってくるん?何時に帰ってくるん?寝るまでには帰ってくるんやんな?等々』

 

こういうやりとりは実は日頃からまあまああって。

やはり、息子氏が生まれる前の嫁氏の入院事件は相当なトラウマのご様子。

 

やたら喋れるようになった以前から当時の話題になったりする時があったが、『娘ちゃん頑張ってたし』的な事をしばしば言ったりする。

こちらとしては機嫌良くyoutube見てると思っていたが、どうも違っていたようで。『youtube見て時間しのいでやってる』の間違いだったようで。

 

娘氏も、息子氏に負けず劣らずで、嫁氏と離れることに相当の拒絶感がある。

まだまだ、満ち足りないものがあるんだと思う。

 

辛い思いをさせてしまったことに後悔というか、申し訳なかったなあという気持ちで一杯になることもある。

 

でも、求められ続ける側は疲れる。このバランス感が圧倒的にこれまで悪かったのは事実。

 

子どもが出来てから、Iターン家族の弱さ、脆さをとても痛感する。年々、その実感が増してくる。

 

“家としての、一統としての脆弱性”

 

平日がたとえ仕事で子どもが起きてる時間に帰ってこれなくても、その代わり土日で子どもと遊んでやって欲しいという嫁氏の願い。

でも、土日も仕事が入ってくる生活であるし、おまけに年々村用がガンガン詰まってきて土日が全然休日じゃなくなってきている。

 

自分が休日をちゃんと休日にできないと、嫁氏も休日にできない。大人が二人だけでは全てが一蓮托生になってしまう。

どちらの親も、1から10まで子どもの面倒が見れるのはやっぱり母親だけ。

しかし、両方とも、母親は車を運転できないので、単身でこちらの家に来ることがとても難しい。勝手にこれないのだ。必ず、色んな調整がいる。

 

この家としての弱さは、ほんともう、今を底辺にしなければなるまい。

 

仕事も日々の暮らしも、去年までほんと、事情もあったにせよ寄り道し過ぎた。

不眠症になったり、体調も崩すことも多かったし、それだけ家族にもしんどい思いをさせてしまったし。一年とおして何だか疲労困憊の年だった。

今年から当面の間は、いきなり抜本的にとはしないけど、これまでまあまあまあまあまあええかと流していたものはもう大目に見ないようにするし、確実な方向違いは確実に見切りをつけさせてもらう。

理想からかけ離れすぎた現実を、今年は前に進める年にするとしよう。

 

 

夕方、鏡餅の回収。どこぞの野生動物に餅だけ何個か持って行かれていた。

餅なんて食えるやつおるんやなあ。カッチカチやで。