大阪丹波会としまね教育ナイト


夕方から大阪丹波会。
少し早目につくようにして、天満橋をぷらぷら。

基本的に、約束の時間には早めにつきたい性分で。
これは前職の時代からの名残。お医者さん相手にホームページ作りませんか?という営業をしていた手前、相手先の地域がどういう地域で、どういう世帯が多いか?近隣に何があるか?競合は?不足してそうな診療科目はないか?等、
実際に目で見て、肌で感じる為。

なんでか、ネット上だけのデータとかは信用できない。
あくまでも、ネット上にでているデータでも信用できそうな出元であってもそれは大半が過去の話であって、結局今をとらえ未来を見たものではないから。

“今”をちゃんと捉えることは大事だと思ってる。
なんにせよ。

今回の大阪丹波会には、自分が声をかけずとも、丹波人が主催したイベントに参加した流れで今回もきてくれていたり、先日東京で行った丹波会からの流れで出張をわざわざぶつけて参加してくれる人がいたり。

また今回はこれなかったけど、最近知り合った方の会社にいる若手社員が実は丹波市出身でいきたいと思ってたとか、今ずっとやりとりしている行政の担当課長の息子も興味あるからきたいといってくれていたり。

少しずつであるが、取組みはじめてから、色んな兆しがみえてきた。
俺はやっぱり、もやっとした、なんの具体性もない話には動けない。目の前の人から聞いた話からじゃないと、動けない。なので、直接色んな話をくれる人には感謝している。ありがとうございます。

次回はついに10回目。少し、動かしていきます。

その後、しまね教育ナイトに参加。
今月頭に東京でお会いしたしまね定住サテライト東京の水戸さんからのご紹介で。
この日講演にくる人が海士町の岩本悠さんと聞き、いくことに。

実は悠さんとは初めましてではなく、かつて大学時代に受けていたコーチングプログラムで、同じ人の講座を受講(俗にいう同門?)していたのだ。彼は東京で、僕は大阪で。

当時、日本の教育を変えるということで、sonyへ入社され、活躍の程はたまにテレビでみかけたりしていて。
僕も丹波へ行くことになり、移住後、仲間内で海士町がすげえすげえと話をしていて、一体そこでしかけてるのは誰?と聞いてみると、悠さんだと。まじで?!みたいな。いつのまに海士町へ?!と、同じように街中から田舎に移住してたという事実がおもしろすぎてずっと思っていて。いつか話を聴いてみたいなあと思ってたら今回のタイミング。そんなこともあるんですねー。

大学を卒業して10年。
僕から見ている教育現場は、なーんも昔と変わっていない。教育にはあれが必要、これが必要、こうすべきだああすべきだって、ずーっと同じことをいっている印象。
時間だけが流れ、言葉だけがすり替わり、現状は一切動かない。そう見ている。

この10年、日本の教育を変えると動き続けた人と、全く動いてこなかった僕の周りと僕自身と。どういう違いが生じ、どれくらいかけ離れたのかどいう現状認識の為に参加。

途中参加で、おまけに懇親会からの参加という暴挙にも関わらず、おじかんを拝借し色々お話を。いやー、ほんとありがとうございました。大したこと話せてないけど、なんか充実した。

結局、今俺がみている、一切変わっていない教育の在り方は、つまるところ俺が一切動いてこなかったからだなと。端的にそう思った。

当時、ぶっちゃけ教育にそこまでの思い入れがなかったけど、今は違って。
今後5年、10年、20年、30年と丹波に暮らし生きていくことを考えると、小学校、中学校、高校、大学と、こうあってほしいというのがたくさんある。

やれるところからやろう。人に任せとる場合じゃない。
ひさびさに、立場とることを決めました。島根の皆様、いい機会をありがとうございました。