チャンスはまともな面して訪れない


昼前に柏原町の八幡神宮へ。毎年2月の17日と18日に行われている厄神祭に家族と。

例年、多くの的屋が立ち並ぶこの祭り。でも今年は以前893さんが絡んでいたことが判明しすったもんだがあり、手配が遅れて今年は的屋なしっていう新聞記事が出された後にほんなら地元から出展者募って出そうぜってな流れになり、地元の有志の皆様がお店を出すことに。

結果的に、例年よりお店は少なかったけど、それでも地元の知ってる顔ぶれがお店出して、丹波の素材を使ったもんなんかを提供する先が多かったし、これはこれでよかったし、むしろこっちの方がよかったんじゃないかと思う。市内のお祭りでちゃんと市内の事業者にお金落ちるし。丹波市内のもん食えるし手に入るし。こっちの方がええやん。来年も。

ピンチはチャンス。
チャンスの女神は前髪しかないという。とんでもないバケモンなのである。なので、チャンスの女神が正面から爆走してくる時、誰もがチャンスきたー!!!!とはならないもんなのである。残念ながら、絵に描いたようなチャンスはこないのである。

地元の人が地元のお祭りに関わり、盛り上げていけるチャンスの到来。来年以降はしっかり準備すればもっと充実したものになる。八幡宮は1000年祭も控えてることだし、いいきっかけでしたな。

※神社は1000年経つと神宮に昇格(?)するんだそうで、その際1000年祭が行われるとのこと。

前々から思っていたけど、柏原町は歴史的にみると城下町としての歴史は浅く、門前町としての歴史の方が古く長い。それを何故今、城跡もないのに城下町として振興しているのかよくわからない。カタチもちゃんと残していることだし、門前町として切り返すべき時もきたんじゃないかと勝手に思っている。

これからしばらく、柏原町はおもろいことに関わるチャンスが増えてくる。いい時期。

昼からは丹波市の地域おこし協力隊たちの一年間の活動報告会に参加。

丹波市の地域おこし協力隊はこれまで誰一人として3年間の任期満了を迎えた人はいない。
大半は行政に嫌気が指して辞め、たまに隊員自身の素養が問題で辞め。色々とすったもんだが絶えない。

みんなの家でも住人として協力隊がこれまで3名住んでいたこともあり、色んな内情を聞いていた。もちろん、片側の声として受け取っていて、もう片方に確認に動いてみたり色んなカタチで双方の声を聞いていた。どっちもどっちな場合もあれば、確実にいずれかが悪い場合もある。

再三、首つっこんで改善要求するも、にっちもさっちもいかないまんま時が流れ、その間に辞めていってしまうってことが続き。
そこで打開策として提示したのが、活動報告会やった。公の場で、公式に活動を色んな人に報告し、そこであがった意見や話をまとまった声として市に提案するようにまで行うといったものを昨年の今頃、双方に提示していたものがようやく一年経ってカタチに。

今回は一方的な報告やったけど、まあまあ、やらんよりはマシな訳で。
とりあえずやってみて、そこから考えていくことが大事。ああでもないこうでもないといい続けていつまでもやらないことが続くと、いつのまにか“やらない自分”が染みついていってしまい、意にそぐわないカタチで“口だけ野郎”に成り下がっていってしまう人をこれまで社会人になってから何度も見てきた。

成功とか失敗とか、そんなことはどうでもよくて、“やった”という“事実”を積み上げていくことが何より大事。
成功か失敗かは他人が決めること。自分であれやこれや考えるだけ時間の無駄。自分は自分がコントロールできる範疇のことに集中していくのが一番。

そんなこんな、自分が声かけて引っ張ってきた隊員たちの発表を聞いていて、ようやく一歩進んだかなあという感じだった。