ヨソモノとヨソモノの子はジモトの子


朝から岩屋の秋祭りということで、うちのがきんちょを連れて子供神輿に参加させてもらった。

子供神輿

岩屋は南中と違って世帯数が多い。世帯数が多いということはそれだけ人口も多い。おまけに集落の広さも広い。子供神輿を集落内を回るだけで半日。南中はかなり狭いので一瞬で終わるが、岩屋はそうはいかない。今年のルートはそれでも人数が減ってきたということで短めに設定されていたそうで、一昔前まではじゃあどんだけ回ってたんだろうか。

爆睡

まだ歩けない我が子は当然ながらベビーカー移動。それでも最初から終盤まで参加した数少ない参加者となった。よく頑張りました。

岩屋

ここ、山南町岩屋は丹波栗の生産地でもあり、その昔足利尊氏が京都で一度戦いに敗れた後ここに立ち寄り滞在。僧から栗を献上されて『この栗が育ったら勝ったと思っててくれ』といってもらった栗に爪痕をつけて植えた。その後無事に天下をとった頃、岩屋では栗の台座部分に爪痕が入ったような模様の栗が成ったんだそうな。

ちなみにその寺、石龕寺は聖徳太子が創建。ほんまかいなという次元の歴史が岩屋には存在する。
基本的に丹波は戦国時代、明智光秀の丹波攻めのおかげで歴史的書物が焼き払われ過ぎて過去の歴史がさっぱりわからないという話は耳にしていて、古文書倶楽部的な歴史大好きなおっちゃんらが燃えずに残っていた各ご家庭に眠る古文書を解読することに精を出してらっしゃるという噂はかねがね聞いているが、実際の古文書という古文書はまだみたことがない。一度どっかで接触してみたいもんですな。

獅子舞

昼からは神楽がうちに回ってくれて獅子舞。最後に噛んでもらった。獅子舞に頭を噛んでもらうと頭がよくなるという逸話。
我が子には俺よりは頭がよくなってくれると嬉しいんだが。最初は大人しく見てたのに、噛まれるとギャン泣き。トラウマになったりして。

今回二日間参加して感じたのは、岩屋はかなり丹波市の中でもポテンシャルが高い集落。異常なくらい。
世帯数の数もよそより多いし、旦那が外国人なんていうグローバルなご家庭もあるし、栗とか石龕寺とか田んぼとか畑とか地域資源をちゃんとそろってるし、あとはいつどこでロンするかだけのような感覚がある。かなり恵まれている。お父ちゃんお母ちゃんじいちゃんばあちゃんがここまでずっと続けていてくれたものをこれからどう活かしていくか?がちゃんと定まったら確固たる地域が出来上がるイメージがある、ここは。

我が子

ヨソモノとヨソモノの子はジモトの子、という話はよく耳にする。よくよく考えるとだいぶ不思議な話。ヨソモノとヨソモノの子はヨソモノではなくなるのだ。

個人的に自分自身は周囲からヨソモノと扱われようが地元の人として扱われようがそれは別に正直どっちでもよくて。本当にどっちでもいいんよね。だって実際ヨソモノやし、それはどうあがいても揺るがない事実やから。しゃーないよね、事実やから。おまけに、個人的な性分として一匹狼なところがあるからむしろ集団に群れるのが実はあまり好きではなく苦手で、そっとしておいてもらえる方が嬉しかったりする。昔からずっとそう。だいぶ社交的になった方なんじゃないかな俺も。丸くなったもんだ。

でもたまにどっちでもよくない人がヨソモノの人にも地元の人にもいて、たまにもめてるみたいな話も聞くんやけどそれすらもどっちでもいいというかどうでもいいというか。もめごとというのは常にどっちもどっちなもんで、どっちかが悪いなんていう着地点を探す行為自体がナンセンスであり、言ってしまえば実に些細な話。

このご時世、ご多分に漏れずどこも少子高齢化で人口減少が進み、どうあがいても人数が減ってきている。そもそもの人数が減っていくんだから、当たり前のように地域の担い手も減っていくし、労働人口も減っていく。人数に関する事象は何もかも減少傾向なのだ。それがこれからの当たり前なのだ。

そんな中、いつまでヨソモノがどうとかジモトがどうとか、IターンがどうとかUターンがどうとか悠長なことを言っていられるかと言えば、もはやそんな余裕は微塵もなくなってきている集落がガンガンに発生してきている。

今までいた南中では世帯数が30を下回り、岩屋でもどんどん空き家がでていると聞いているし、村の付き合いに参加していてもその大半に同年代の顔ぶれは皆無に等しい。これから先の地域や集落にまつわる議論の中に先述のようなヨソモノがどうとかジモトがどうとか、IターンがどうとかUターンがどうとかいう議論は心の底からどうでもよく、個人的な優先順位は地よりも低く来世で議論してもいい議論であると感じている。

そんなことよりも、今いるメンツ、これから入ってくるメンツ、これから育ってくるメンツ、これから村に関わってくれるメンツで、こっから先の地域をどうしていくか?どうよくしていくか?について議論する方がよっぽど重要。各自のステータスなんぞもはやどうでもいいし、そんなところにこだわって議論している余地なんぞこれっぽっちもないのだ。むしろどこにそんな暇があるのか教えてほしい。そんな暇があるなら俺はゆっくり寝たいし、もっといっぱい我が子と遊びたいのだ。

ほんと丹波にきた最初っからどうでもよくて、どうでもいいって言ってるのに、どうでもよくないみたいなこと言われるけど、本当にどうでもいいから、どうでもいいと思います。

先述の通り、丹波の人からしたらうちはヨソモノ。それは揺るがない事実。だから何も気にしたことはないし、本件について気を病んだりしたことがこれっぽっちもない。

むしろそんなことより逆に、それでもいつも仲良くしてくれていたり、仲間にいれてくれたり、面倒みてくれたり、色々おすそ分けをもってきてくれたり、いつも気にかけてくれたり、困ったら助けにきてくれたり、何かあったら相談にのってくれたり、うちの子の面倒を一緒になってみてくれたり、引きこもりがちなうちの嫁を色々かりだしてくれたり、いつも心配してくれたりする皆様にはほんといつも感謝でいっぱいで、日々気持ちよく生活させてもらっております。ありがとうございます。

もうじき5年目を迎えようとしている丹波生活。楽しみですなあ、今後も。