あほイカ出演


朝一番から村の鹿柵&猪柵点検ということで、隣保が管轄している柵をぐるっと点検。ざっと一時間程。
以前まで住んでいた南中との違いは、猪用の電気柵も並行してたてられている点。切れてた時に治せるかなあ。もっと手が器用に育ちたかったなあ。こればっかりは。

その後ひたすら家の畑の除草作業。炎天下でげっそりきて昼寝。夕方から、市島町のそばんち、佐藤さんからの依頼で、そばんちさんが一枠もっているコミュニティFM805に出演。一時間の生放送。

テーマはなんでもええよってことだったので、1つ。

“移住者はいつまで移住者なのか?”について。

掻い摘んで内容をいうと、正直もう5年程たつと今Iターンの井口さんとか言われることにかなり抵抗感があり、自分自身当初の新鮮さはもう皆無に近く、村の同年代見渡しても多分誰よりも村付き合いしてるし、地元育ちの同年代の誰よりも丹波市のことをよく知ってる自負があるし、感覚的にIターンじゃなくなってきてるけど、でもIターンと言われるし、そういう括りにやっぱりなる。これは一体いつまで続くのか?いつまでも続くのか?そうやって区別を続けていくことに将来的に何か意義はあるのか?
的な話。頭の整理がてらお話したいなあと思っていたので。

予想以上に時間がなかったので、あまり深く掘り切れずに終了。でも、放送後、佐藤さんと妹尾さんとそのまま話している中で、少しスッとした。

結局、人を何かしらの括りで見るというのは、あまりいい結果を生まない。例えば肌の色で黒人とか白人とか黄色人とか。区別と差別は同じ事象を別の側面から見ただけに過ぎず、何か違いにつけてあれとこれ、と分けているその現象自体は同じ。
これから先、この集落をなんとかしていこう、よりよくしていこう、という方向性に集うにあたり、別に区別はいるんだろうか?と言われれば答えはNO。

所詮、Iターンがどうとか、Uターンがどうとかっていう言葉自体、ここ数年の話であって、2020年までに東京一極集中していた若者の人口移動を東京以外の地方へ半分こしましょう、という流れの中で、推進していくべくして生まれたに過ぎない言葉。本来は単なる引っ越しであるはずのものにいちいち移住と大げさにいっている、というのが現状だと思う。

もっともっと、普通の引っ越しになればいいと思うし、普通の引っ越しやったやんか前までは、というスタンスに早く戻らないかな。一過性のブーム。終わったあとが大事になるんやろうなあと思う。

そんなこんなで、ありがとうございましたー。次回はちなみに、終活について話そうということになりました。これまた大事なテーマですな。