キャリア続き


昨日の続き。

今、空前のキャリアブームだと感じている。
都市部の就職前線はキャリアキャリアキャリア。

キャリアの言葉の意味わかって使ってんのか?と問えば、大半が絶句しそうなくらい、キャリアキャリアと何かとうるさい。
どういう意味でキャリアって使ってんの?と問えば、万人が違う答えを出してきそうなくらい、綱引き大会の時の掛け声はなぜ“オーエス”なんですか?と同次元なくらい、よくわからないまま使われいるような、曖昧なままのキャリア。

それが今の感覚値。
だから、個人的にはどうでもいいと思っている。

そもそも、なんで自分が生きていくことに、人からやんややんやゆわれる筋合いがあるんだろうか?
各自の人生なので、何を積み上げようが知ったこっちゃないはずで、自分が好きなものを好きなだけ積み上げて、もしそれで生きていけなくても本望だって思っているのであれば、もはや口出し無用の世界のはず。

そういう生き方をしていれば、何にも揺れることもないんじゃないかな。

食いっぱぐれないように、働いてる人も沢山いる。
でも、そこらへんに空いてる田んぼや畑がたくさんあって、そこに種まくだけで食いっぱぐれなくなる可能性が田舎にはたくさんある。

お金がないと生きていけないと思ってる人は沢山いるけど、実際のところはお金がないと食べ物が買えないから食いぱっぐれて生きていけないという話のはず。それは、都会だけの話。そんなことは万国共通じゃない。

生きていくには家がいる。その家を手に入るのにお金が必要という人が沢山いる。
いやいや、タダで空き家手に入れて、住んでるやつがすぐそこに居るよ。それはただ、見栄や虚栄心が創り出した幻影に過ぎない。

ほんの少し、これで生きていく、こういう生き方で生きていくという、自分の中の“決め”の問題なんじゃないかなと思っている。