副業の心得


ここのところ、副業する人が増えている。というか、前々から相当数の人がやってはいるが、それでも増えてきている感じがする。

口火を切ったのはやはりロート製薬だろうか。
前職が医療に関わる分野だったから、まさかカッチカチに固い業界である医療業界が真っ先に口火を切るとはという意外な側面と、ああ、やっぱそうなるよねっていう予定調和な側面の両方からニュースを見ていた。

意外な側面から見ると、医療業界での営業職というのは大きく分けて製薬メーカーによるMR(Medical Representatives=医療情報担当者)と、医薬品卸によるMS(Marketing Specialist=営業担当者)に分かれている。MRがDrに対し薬の情報(成分は何か、薬効は何か、副作用は何か等)を提供し、薬を使うということになるとそれを販売するのはMSということになる。

ここは原則として完全分業で、MRはどこまでいっても自分で売ることはなく、売るのはMS。なのでセットで動くことも多い。
昔からの慣習で、製薬メーカーはあくまで薬を作るだけ。作ったものを売るのは医薬品卸に売る。医薬品卸はDrや薬局に売る。この慣習は戦前戦後の状況をイメージしてもらうとわかりやすいのだが、戦後焼け野原になった日本において、復旧が猛烈な勢いで成され、商品が開発された。まだ物流が現代のように整っていない状況下で製薬含むメーカーさんたちの商品を如何に流通させるかにおいて卸という存在がそれを補っていた。それにより、医薬品卸含めその他卸会社も名古屋界隈に本社を置いている会社が多いのはその為で、本州の真ん中に陣取っていることが多かった。

その為、卸の存在意義は物流と販売であり、もし仮に製薬メーカーのMRが販売まで補ってしまうと、卸の役割があやふやになり存在意義が失われかねないということと、業界的にサービス業とは違って“人の生死や健康に左右するモノ”を扱っていることから、Drへの中立性や過度なセールスがかけられることを抑制することも含め、MRが情報提供、MSが販売というのを完全に切り分けておくというのがかなり強固に存在している。

だが、先述の通りMRはどんだけ自分が頑張っても売りたくても、自分の手で売れないというジレンマを抱えており、自分の手で完結することのできない営業という実にもどかしい職業でもある。二つ目の予定調和的側面というのはまさにこのあたりのことなのであるが、できるMRであればあるほど、このジレンマに挟まれていくのだ。MRが完膚なきまでに他社との比較に打ち勝ち、Drを取り巻く学会や医師会の関係者も見事説得して薬を取り扱うことをとりつけたにも関わらず、たまたま担当についたMSがとてつもなく微妙な人で手配が遅れたりして関係者をブチ切れさせたりした日には、MRの努力は水の泡になったりもする。
逆もしかりで、やたらめったらできるMSさんというのはMRばりに知識を蓄えていて、数多くの製薬メーカーが作る似たような薬の違いも把握しMRなしでも一人で完結することができるにも関わらず、一応薬の説明時にはMR寄せとくかと思って呼んでおいたら他のアポが長引いて得意先のアポに遅刻しブチ切れられて破断、みたいなことも起こったりする。お固い分業のお約束によって、やたらめったらできるMR、MSであればあるほどこの不条理にぶつかっていたりしていた。そういった現場を数多くみていた。

“ここだけの話やで”ということで、この暗黙のルールを破り、MSがMRの仕事を超えて薬の説明までして販売までやっちゃうことも、MRがMSの仕事を超えて薬の販売までやっちゃうこともあり、それでも、MRの方がそんな臨機応変さは難しかった。理由は、営業活動を完結させる為のツール、契約書が自社に存在しないからだ。その点、MRの方が対応しにくい。

自分も営業していた身なので、全てが自分で完結できない営業活動ほど難しくてスッキリいかないことはないと感じていて、熱心なMRさんを見るとよくやるなあすごいなあ自分には同じことは絶対でけへんわと思っていた。そんなこんなで、流れとしては必然的であったという感覚もあった。

この時のニュースのインパクトというのは、このある意味タブー視されていた領域において、MRが副業で卸に入りMSを兼業できてしまう可能性を含めたもので、まさに出来る人はどこまでもできてしまうといった未来が含まれている。これは実に画期的で、この強固な慣習をずっとかたくなに守っているからこその現象で、医療関係者は色んな医療関係会社間で転職しまくるということもあったりする。そういった意味でロート製薬が見ていた未来というのは、このしがらみの枠を取っ払った方がむしろ出来る人材であればあるほど社内に残ってくれるんじゃないか?という視点があったものと思っている。自由が利かず、条件も他社より悪いとなった時点でもうその会社に残る必要はどこにもなくなるのだ。他社に転職しても、相手するDrは変わらないのだ。それは業界の狭さに起因するところもある。

本題に戻ろう。

最近、副業する人が増えている。その中には、色んな仕事を兼業してうまくいっている人と、うまくいってない人がいる。
うまくいっている人というのは、先述の医療業界の話の例の通り、副業も一人前にこなせる人がうまくいく。半人前以下のレベルの副業だと仕事にならないのだ。当たり前の話であるが、一人前の仕事としてこなせていないものにお客さんはつかないのだ。うまくいっていない人というのは、副業が半人前以下のクオリティになっていたり、副業することで本業がおろそかになっている(とお客さんに感じさせてしまう人も含む)人ということになる。

今を含め街中の会社員時代を振り返ってみても、世の中そんなになんでもこなせるようなスーパーマンはそんなにいない。むしろたった一つの仕事でも極めたなんて言えるレベルに到達できる人もそんなにいない。前提条件として、なんでもかんでもできる人材はそんなに多くない。

オリンピック選手においても、100m走でもハンマー投げでも棒高跳びでもといった優勝できるなんていう人はいない。100m走と200m走と1000m走なら優勝できるかもしれない。これは、同じ系統の副業の方が成功しやすいといった実例でもある。
いっぱしの大工さんがwebデザインもライティングも、というのは不可能ではないだろうが難しい。

また、なんでもかんでもできる人に限って、本業というのを実にうまくやっていて、絶対的にないがしろにしないように見える。たった1つ、まともにできない人に他の仕事を任せるだろうか?といえば、やはりそんな人に仕事は舞い込んでいかない。一事が万事なのだ。

1つ1つを丁寧に、しっかりと。目の前のことをもれなく隈なく。全てを一人前にしていく。半人前では続くものも続かない。
その仕事が好きか嫌いか等、お客さん側からすればどうでもいいのだ。ちゃんとしたモノが、ちゃんとしたサービスが提供されるのが、何事にも大前提なのだ。

色んなことをかけもって、色んな副業に手を出して、あちこちからソッと、よからぬ風の便りが耳に入る度に、なんだかなあと思ってしまう。目の前の1つ1つを大事に。どんな夢も希望も、目の前の小さな一歩からなのだ。

after birthday

うちの子が大きくなる頃には、一体どんな世の中になっているのかなあ。