誰もやったことないことは小さく小さく


最近、いや、そうでもないな、ちょくちょく何か新しい事を始めたいとか、何か事業起こしたいとかの相談をもらう。

何か劇的に失敗したり、多額の借金背負ったりする人の大半は、何の保証もないのに、または自分でさえもうまくいくなんて確証も得られていない状態で、最初からぶっ込み過ぎてる人が大体失敗しているように感じていて。

特に真新しい、これまで誰もやってきてないことをやろうとしている時。

それは自分も含め、やってみないことには何の確証もない状態。どれくらいのお客さんが見込めるのかとか、どれくらい仲間が集まるのかとか。さっぱり見えてない中、うん千万ぶっ込むとか。それはパチンコより確率が悪い博打に突っ込んでるのに等しい。

本腰入れて投資するかどうかの判断はもっと後でいいし、そんなことよりもまずどれくらいの見込みがあるかを確認する為のテストマーケをやれるだけの時間があるなら、テストマーケした方がよくて。テストマーケの段階なら別にできるだけお金もかけずにやれることはやばいくらいある訳で、まずは勝負かけれるのかどうか。そこを判断する為の材料として小さくてもいいから『やってみたという事実』を詰め上げていくことが大事。

それが、何より人の金やなくて自分の資金を突っ込むなら尚更。

最初の一歩なんて小さくていい。お客さんなんて一人でいい。むしろ本当の、本音のレスポンスが得られるなら一人がいい場合もある。

真新しいことをやる場合は、時間的猶予があるなら小さく小さく。テストマーケ段階で無駄に莫大なリスク背負う必要はどこにもない。小さく小さく。

飲食とか、その場所でしかサービスを提供できないような、立地に縛りをもろに受ける事業やろうとしてたらなおさらそう。ゆうて顧客対象になり得るターゲットの数が少ない中でやろうとするなら余計に。

小さく小さく。

小さくても、確実な一歩を。一歩ずつがいいって。絶対。とっくにバブルは終わっとるんやさかい。リスクを保証しない預言者のゆうことよりも、こうした方がいいって自分が感じて心底思える確証の方が、よほど大事。

1000人に1人くらいの割合で、いかなる環境下からでも最終的に勝ちをもぎ取れる、絶対に負けない人っているけど、わたくしみたいな凡人は小さく小さく。

小さく小さく、粛々とやってるとそのうちチャンスの女神がやってきて、

でも個人的な感覚値としては大体、チャンスの女神は前髪しかない化け物みたいな人やから、例えてゆうなら壇蜜みたいな人が来ると思って合コンにでかけたらアッコかーい!みたいなことに大体なるというか、めっちゃムカついたり凹んだり悩んだりするような場面が目の前に飛び込んできて、なんでやねんて思いながらも小さく小さく粛々とやってたら後々になって振り返ってみるとあれが転機やったねみたいなことになるというかそういう感じ。

最初の一歩は、大きいか小さいかは特に関係ない。ならば、小さくやった方がいい。

そういえば全然関係ないけど、昨夜は嫁さんの誕生日で、晩御飯には山南町民が愛してやまないてらミートさんにて肉を買ってきて、しゃぶしゃぶを食べました。めっちゃんこ美味かったんやけど、もうさすがに年なのか、脂身がいらない・・・。
こないだ熊本で食べた赤牛、めっちゃ美味かったなあ。国産であんだけ赤身が詰まった肉がもっと簡単に手に入ればいいのになあ。なんでもかんでも霜降りがええ肉ってのは、若い間しか無理ですな。

店内にはこんな張り紙が。古屋庵さんという丹波の漫画家が存在するらしい。無能なナナ・・・一回読んでみたいですな。

そういえばこないだ、丹波市の広報で、ゴマちゃんで有名な少年アシベの作画を担当しているのがおぎのじゅんこさんていう柏原出身の人とか出てたな。やけに漫画家が地味に多いのか丹波市。